デジタル資産を守る MFA完全ガイド

リスク評価に基づく多要素認証(MFA)の適用判断:中小企業が効果的にセキュリティを強化する方法

Tags: 多要素認証, MFA, リスク評価, セキュリティポリシー, 中小企業, アクセス管理

デジタル資産を守る上で、多要素認証(MFA)は非常に効果的な対策です。しかし、限られたリソースしかない中小企業において、「すべてのデジタル資産やサービスに、同じようにMFAを適用すべきか」「どの種類のMFAを選ぶべきか」といった判断に悩むシステム担当者の方も多いのではないでしょうか。

本記事では、中小企業のシステム担当者が、自社のデジタル資産に対するリスクを評価し、そのリスクレベルに応じてMFAの適用レベルを判断する方法について解説します。これにより、限られたリソースを最も効果的に活用し、セキュリティを効率的に強化することを目指します。

なぜリスク評価に基づくMFA適用が必要か

全てのデジタル資産やサービスに最高レベルのMFAを適用できれば理想的ですが、現実的にはコスト、運用負荷、従業員の利便性といった観点から難しい場合があります。特に多忙な中小企業のシステム担当者にとって、優先順位をつけ、効率的に対策を進めることが重要です。

リスク評価に基づきMFAの適用レベルを判断することで、以下のようなメリットが得られます。

デジタル資産・サービスの棚卸しと分類

リスク評価の最初のステップは、保護すべきデジタル資産やサービスを明確にすることです。

1. 保護対象の特定

組織が利用している主要なデジタル資産やサービスをリストアップします。

2. 資産の重要度評価と分類

特定した各資産やサービスについて、組織にとっての重要度を評価します。重要度は、その資産が侵害された場合に発生しうる影響の大きさ(業務停止、情報漏洩、信頼失墜、罰金など)を考慮して判断します。評価の観点としては、以下の3つが一般的です。

これらの観点から、各資産やサービスを例えば「高リスク」「中リスク」「低リスク」といったカテゴリーに分類します。管理者アカウントや機密情報を含むシステムへのアクセスは「高リスク」、一般的な業務で利用するSaaSアカウントは「中リスク」など、自社の実情に合わせて判断基準を設けます。

リスク評価の実施

次に、各資産やサービスに対して、潜在的な脅威と既存の脆弱性を考慮したリスク評価を行います。

1. 脅威の特定

対象となる資産やサービスに対して、どのようなサイバー攻撃やインシデントが発生しうるかを想定します。MFAに関連して特に考慮すべき脅威としては、以下が挙げられます。

2. 脆弱性の評価

対象の資産やサービス、および関連するシステムや運用体制に存在するセキュリティ上の弱点を評価します。

3. リスクレベルの算出(簡略版)

資産の重要度、特定された脅威の可能性、および存在する脆弱性を組み合わせてリスクレベルを判断します。例えば、簡単なマトリクス形式で評価することも可能です。

| | 脅威の可能性:低 | 脅威の可能性:中 | 脅威の可能性:高 | | :------------ | :--------------- | :--------------- | :--------------- | | 資産の重要度:低 | リスク:低 | リスク:低 | リスク:中 | | 資産の重要度:中 | リスク:低 | リスク:中 | リスク:高 | | 資産の重要度:高 | リスク:中 | リスク:高 | リスク:高 |

この際、脆弱性が高い場合はリスクレベルを押し上げる要因として考慮します。例えば、「資産の重要度:中」で「脅威の可能性:高」でも、脆弱性が低ければリスクレベルが「中」に留まる、といった調整も考えられます。自社の状況に合わせて、シンプルかつ実用的な評価方法を定めます。

リスクレベルに応じたMFAの適用レベル決定

評価したリスクレベルに基づき、各資産やサービスに適用すべきMFAの種類や強度を決定します。MFAの種類には、パスワードに加えて以下の要素を組み合わせるものがあります。

これらの要素の組み合わせによって、MFAのセキュリティ強度は異なります。一般的に、物理セキュリティキーや認証アプリ(プッシュ通知を除くワンタイムパスワード)、生体認証は強度が高いとされます。SMSは、SIMスワップなどのリスクがあるため、他の方法よりも強度が低いと見なされることがあります。

リスクレベルに応じたMFAの適用例を以下に示します。

重要なのは、この分類と推奨はあくまで一般的な例であり、自社のビジネス内容、保有するデータの種類、従業員のITリテラシー、利用しているシステムのMFA対応状況などを考慮して、柔軟に決定することです。

ポリシー策定と継続的な見直し

リスク評価に基づき決定したMFA適用レベルは、組織全体のセキュリティポリシーに反映させることが重要です。どのサービスや資産に対して、どの種類(またはどの強度レベル)のMFAを必須とするかを明記します。

また、デジタル環境や脅威は常に変化するため、一度MFAの適用レベルを決定したら終わりではありません。新たなサービスを導入したり、ビジネス環境が変化したりする際は、定期的にリスク評価とMFA適用レベルの見直しを行う必要があります。

まとめ

中小企業が効果的にMFAを導入・運用するためには、単にMFAを有効化するだけでなく、自社のデジタル資産が持つリスクを正しく評価し、そのリスクレベルに応じた適切なMFAの適用レベルを判断することが不可欠です。

まずは自社のデジタル資産やサービスを棚卸し、その重要度に基づいて分類することから始めましょう。次に、考えられる脅威と脆弱性を考慮してリスクを評価し、高リスクなものから順に、より強固なMFAを適用していきます。このプロセスを通じて、限られたリソースを最大限に活かし、組織全体のセキュリティレベルを無理なく向上させることが可能になります。

本記事が、中小企業のシステム担当者の皆様が、より戦略的にMFA導入を進めるための一助となれば幸いです。