MFAだけでは不十分?中小企業が警戒すべきMFAバイパス攻撃とその防御戦略
MFA導入が進む中で注意すべき新たな脅威:MFAバイパス攻撃
多要素認証(MFA)は、デジタル資産を守る上で非常に効果的なセキュリティ対策の一つとして、多くの組織で導入が進められています。特に、パスワード漏洩のリスクが高まる現代において、MFAは不正アクセス防止の要となります。
しかしながら、サイバー攻撃の手法は日々進化しており、MFAを導入しているからといって完全に安全であるとは言えません。近年、MFAの突破や迂回(バイパス)を試みる高度な攻撃手法が増加しています。中小企業のシステム担当者の皆様にとっては、MFAを導入するだけでなく、これらの新たな脅威を理解し、対策を講じることが喫緊の課題となっています。
本記事では、中小企業を標的とする可能性のある代表的なMFAバイパス攻撃の手法とその具体的な防御戦略について解説します。
代表的なMFAバイパス攻撃の手法
攻撃者は、認証の多要素化という壁を乗り越えるために、様々な手口を巧妙に組み合わせます。以下に、主なMFAバイパス攻撃の手法を挙げます。
1. フィッシングによる認証情報とOTP(ワンタイムパスワード)の窃取
最も古典的でありながら、現在でも非常に効果的な手口です。巧妙に偽装したログインページやメールを用いて、ユーザーにログイン情報(ID/パスワード)と同時に、MFAで生成されたOTPや認証アプリのプッシュ通知承認を誘導します。攻撃者は、窃取した情報を即座に利用して正規のシステムにログインを試みます。
- 手口例:
- 偽のログインページへ誘導し、認証情報入力後にOTP入力欄を表示させる。
- 緊急性を装ったメールで、「アカウントが危険です」などとユーザーを煽り、偽サイトで認証を完了させる。
- 電話やSMSで、サポートになりすましてOTPを聞き出す(Vishing/Smishing)。
2. MFA疲労攻撃(MFA Bombing / Push Notification Spamming)
これは、ユーザーに大量のMFA承認要求(特にプッシュ通知)を送りつけ、ユーザーを煩わせたり混乱させたりして、誤って承認させることを狙う攻撃です。攻撃者は、多くの場合、事前に何らかの方法で正規のID/パスワードを入手しています。
- 手口例:
- 不正に入手したID/パスワードでログインを繰り返し試行し、ユーザーのスマートフォンにMFA承認要求を大量に送信する。
- ユーザーが面倒に感じたり、誤操作で承認してしまうことを期待する。
3. セッションハイジャック / クッキー窃盗
ユーザーが正規のログインを完了し、認証済みのセッション情報(クッキーなど)を窃盗する攻撃です。攻撃者は窃盗したセッション情報を用いることで、MFAによる再認証を経由せずに、ユーザーとしてシステムにアクセスできるようになります。
- 手口例:
- マルウェア感染やクロスサイトスクリプティング(XSS)攻撃などにより、ブラウザのセッションクッキーを窃盗する。
- 公衆Wi-Fiなどで通信内容を盗聴し、暗号化されていないセッション情報を取得する。
4. 中間者攻撃(Man-in-the-Middle, MITM)
攻撃者がユーザーと正規のサービスの間に入り込み、通信内容を傍受・改ざんする攻撃です。認証プロセス全体を傍受し、ユーザーが入力したID/パスワードやOTP、さらにはセッション情報などもリアルタイムで窃盗します。この攻撃は、SSL/TLSで暗号化されていない通信や、証明書の検証が不十分な場合に特に有効ですが、巧妙な手口でSSL/TLS通信を偽装・復号化する場合もあります。
5. SIMスワップ攻撃
攻撃者が通信事業者を騙し、ユーザーの電話番号を攻撃者自身のSIMカードに移植させる攻撃です。これにより、SMSによるOTP認証コードや電話による認証コードが攻撃者の元に届くようになり、アカウントに不正にアクセスされてしまいます。
6. 認証システムやプロトコルの脆弱性悪用
導入しているMFA製品や認証プロトコルそのものに存在する未知または既知の脆弱性を悪用する攻撃です。特定の製品バージョンに存在する不具合や設計上の欠陥を突き、MFAを迂回または無効化します。
中小企業が講じるべきMFAバイパス攻撃への防御戦略
これらの攻撃手法を踏まえ、MFA導入済みの中小企業がデジタル資産をさらに保護するために講じるべき具体的な対策を以下に示します。
1. MFAの種類と設定の見直し・強化
全てのMFAが同程度のセキュリティ強度を持つわけではありません。
- SMS認証や音声認証からの脱却: SMSによるOTPはSIMスワップ攻撃に弱く、傍受されるリスクもあります。可能な限り、より安全な認証方法へ移行を検討してください。
- プッシュ通知認証の設定強化: MFA疲労攻撃を防ぐため、プッシュ通知による承認要求には、要求元のIPアドレスや位置情報、試行日時などの詳細情報を表示させ、ユーザーが正当な要求かどうか判断できるように設定します。不審な要求は承認しないように従業員に徹底します。
- FIDO/WebAuthnの導入推進: フィッシング耐性が非常に高いFIDO/WebAuthn(パスキーを含む)は、MFAバイパス攻撃に対して最も有効な対策の一つです。対応しているサービスから順次導入を検討してください。これは秘密鍵がデバイスに安全に保管され、特定のオリジン(正規サイト)に対してのみ使用されるため、フィッシングサイトで認証情報を入力させられるリスクを大幅に低減できます。
- 時間ベースOTP(TOTP)アプリの推奨: Google AuthenticatorやMicrosoft Authenticatorなどの認証アプリで生成されるTOTPは、SMS OTPよりも安全です。従業員に利用を推奨し、設定方法を周知します。
2. 多層的なセキュリティ対策の構築
MFAだけでは防げない攻撃に対して、追加のセキュリティ層を組み合わせることが重要です。
- 条件付きアクセス/リスクベース認証の導入: ログイン試行の際に、IPアドレス、場所、デバイスの種類、ユーザーの行動履歴など、様々なリスク要因を評価し、リスクが高い場合にのみMFAを要求したり、追加の認証を要求したりする仕組みを導入します。これにより、不審なログイン試行自体をブロックしたり、MFAが突破された際のリスクを低減できます。
- エンドポイントセキュリティの強化: PCやスマートフォンなどのデバイスをマルウェア感染から守ることは、セッション情報の窃盗や認証情報の窃盗を防ぐ上で不可欠です。最新のアンチウイルスソフトやEDR(Endpoint Detection and Response)の導入、OSやソフトウェアの定期的なアップデートを徹底します。
- ネットワークセキュリティの強化: VPNの使用を義務付けたり、信頼できないネットワークからのアクセスを制限したりすることで、中間者攻撃のリスクを低減します。
3. 従業員へのセキュリティ教育と周知の徹底
MFAバイパス攻撃の多くは、人間の心理的な隙や知識不足を突いてきます。従業員一人ひとりのセキュリティ意識向上が最大の防御策となります。
- フィッシング攻撃の手法の周知: 偽サイトの見分け方、不審なメールやSMSの特徴、電話で個人情報や認証情報を聞かれても絶対に答えないことなどを繰り返し教育します。
- MFA要求への正しい対応: MFAプッシュ通知が表示された際に、自分自身がログイン操作を行っていない場合は絶対に承認しないことを徹底します。プッシュ通知に表示されるログイン試行の詳細(場所、デバイスなど)を確認する習慣をつけさせます。
- 不審な挙動の報告義務: アカウントの不審なアクティビティ、大量のMFA要求、デバイスの異常などを発見した場合の報告ルートを明確にし、迅速な対応を促します。
- パスワード管理の指導: MFAを導入していても、パスワードの使い回しや安易なパスワードの使用はリスクを高めます。適切でユニークなパスワードの使用を継続して指導します。
4. 認証基盤と関連システムの継続的な管理
- 定期的なセキュリティパッチ適用: 利用している認証基盤ソフトウェアやSaaSサービス、OSなどが提供するセキュリティパッチは速やかに適用します。脆弱性を放置することは、攻撃者にとって格好の標的となります。
- ログ監視と異常検知: 認証ログ、アクセスコントロールログ、システムログなどを定期的に監視し、不審なログイン試行、MFA承認拒否の多発、通常とは異なる時間帯や場所からのアクセスなどの異常を早期に検知できる体制を構築します。SIEM(Security Information and Event Management)などのツール導入も視野に入れます。
- インシデントレスポンス計画の策定: 万が一、不正アクセスが発生した場合の対応計画(インシデントレスポンス計画)を事前に策定し、従業員に周知します。被害の拡大を防ぎ、迅速な復旧を行うために不可欠です。
まとめ
多要素認証(MFA)はデジタル資産保護の強力な盾ですが、MFAバイパス攻撃という矛も日々鋭くなっています。中小企業においては、MFAを導入したことに満足せず、これらの進化する脅威に対する認識を高める必要があります。
本記事で解説したように、フィッシング、MFA疲労攻撃、セッションハイジャックなど、様々な手法でMFAはバイパスされ得ます。これらの攻撃から身を守るためには、単にMFAを導入するだけでなく、認証方法のセキュリティ強度を考慮し、条件付きアクセスやエンドポイント保護といった多層的な防御策を組み合わせることが重要です。そして何よりも、従業員に対する継続的なセキュリティ教育と、不審な挙動を迅速に報告・対応できる組織体制の構築が不可欠です。
デジタル資産を守るための道のりは終わりがありません。常に最新の脅威情報を収集し、対策を更新していくことが、中小企業のセキュリティ体制を強固に保つ鍵となります。